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死を受け容れる考え方

村尾勉 著/ B6判並製 252頁 /
税込1260円 / ISBN4-89007-011-7 C0012

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先人は死をどうとらえ、それに対していかなる態度をとったか。哲学者、宗教者、近代理性人にその形態を訪ねながら、彼らの考え方と実践に学びつつ、いかにすれば安らかな死を迎えることができるかを考える。

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死を受け容れる考え方

第一章 従容たる死― ソクラテス
    死刑の宣告
    死刑の日
    白鳥の歌

  ソクラテスの信奉していたギリシャの古代宗教は、すでにわれわれの承服できないものになっているし、有名な彼の哲学すらも、今日の倫理学において、その欠陥は指摘されている。
  それにもかかわらず、ソクラテスの死の受容が、現代のわれわれを強く感動せしめ得るのは、彼の死に対するゆらがざる信念であり、弟子達と最後まで交わした死についての議論であり、従容として毒杯をあおいだ、その受容の姿であろう。

 

第二章 死は大いなる別れである― 岸本英夫

第三章 不老不死の薬を求めて― 始皇帝

  死をおそれることは始皇帝でない普通の人でも同様であるが、皇帝の思想の変わっている点は、自分は皇帝である、しかもなみの皇帝ではなくて、「煌々たる上帝」、つまり神と同一の位である。神と同一のものが死ぬなどとは第一恰好が悪いではないか、という考え方であった。
  このような思い上がった観念が、彼の仙薬を求める心への拍車になったのだろう。

 

第四章 「死の神」からの逃亡―赤死病の仮面

第五章 殉教の精神的構造―サン・ジョアン
    聖フランシスコ吉の例
    サン・ジョアン その他の例

  日本には世界にも有名な切支丹迫害の歴史があって、残忍な死刑のエピソードにこと欠かないのであるが、今、その記録をたどってその人たちの死に赴く様子を見ると、いかにも喜んで死を受容するようであり、またその加害者である役人を罵ったり、あるいは陰にこもって呪うことがない。
  このことは死の受容について瞠目にあたいする態度であるまいか。

 

第六章 禅の生死観― 道元
    道元の死

第七章 往生への道― 源信
    慶範の追憶談
    浄土思想の流れ

  人をして安らかに往生せしめる――これは宗教の重大な役目のひとつである。(中略)
  恵心僧都 源信が往生要集を著したのは、もっぱらこの目的であって、彼の結集した叡山の二十五昧会に拠る人々へ、死の受容に関するテキストブックとして書かれたものである言われている。

 

第八章 死に臨む心理

第九章 生と死の蹉跌

「今、快復するかどうかもわからない時点では、私の人生は楽しかった――と無理にも信じたい。そうでなければやりきれない気持なのだ。楽しかったとする理由づけを、どうにかしようとして、心のなかで一生懸命求めているような状態なのだ。」
筆者の友人が危篤におちいる直前に口述した記録より

 

第十章 文明と死の受容の精神
    メソポタミヤ
    エジプト
    イスラーム
    ペルシャ
    ギリシャ
    オルフェウス教


第十一章 死を安らかに迎えるための5章
    自分のこの世に享けた生の任務を重分に果たすこと――平 知盛の最後
    自分がやがてあとにするこの世に、気にかかるものが何もないよう、始末しておくこと
    自分の死後、自分の仕事を引継いで立派にやっていく後継者を養成しておくこと
    身体を丈夫にし、なるべき長寿を保ち、死ぬ時は老樹が枯れるように生を終えること
    心の痛みをつくらないこと

  大勢の子どもや孫にかこまれて、安らかな、何もおもい残すことのない往生をとげる――これが死の受容の理想的なかたちとして、すべての老人の望むところのものに相違ない。
  それならば、人は元気なうちに、その根回しをすべきなのである。やや老齢になってそのことに気がついてはすでにおそい。二十代の若い時代に子孫をつくって、死の受容の安らかんことを計るべきなのである。

 

第十二章 安楽死について

第十三章 自殺について

  人生には青春だけあると思い、青春だけの判断にたよってはならない。
  青春以外に夏の実り、秋の収穫、また冬の静謐が必要なのだ。

 

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